じじ日報

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振動する宇宙と時計

  以下のわけの分からない説明はさておいても絵にあるようなスパイラル方程式を作って円形の液晶に映し出せば時を動く模様として表すことができます。直感的には、それぞれの色がゴムでできていて混ぜようとしても混ざらず分離したままのびて渦ができていく。そうするとゴムの力で引き戻されて右回りと左回りを繰り返す。この振動周期を24時間に合わせれば時計の出来上がり。渦巻きの向きが午前後を示し、複雑さ(周期)が時間を表すことになりますが、視覚的なものとしかならないでしょう。

 

 さて、宇宙が二つの相容れないエレメントから成り立っていると仮定してみよう。これらが初期状態でどのような状態であっても良いのだが、何かのきっかけで振動を始めるとする。しかし、そんな突飛押しもないエネルギーがどこから来るのか?ということになってしまうので、逃げ腰で最初から動いているとしても良い。この二つのエレメントを水色と黒で表すとし、宇宙の全体の”形”を単純なトポロジーの円であるとしてみる。複雑な状態を避け単純化された状態のみを考えていくととし、この変化の状態を見渡し時間分解してみよう!!!

 北半球と南半球に二つのエレメントが分かれているときが最も単純な宇宙で原始宇宙と位置づけることができる。しかし、これは動きの中での一瞬の状態。北半球に「黒」が集まった状態から出発。二本の棒を黒と水色世界の表面を刺して左に回すと棒に引きずられて黒世界と水色世界がニュ〜とタイチー模様に!そのままあるスピードで回していくとどんどん「複雑なタイチー模様」になってくる。それぞれの世界が元に戻ろうとする性質があることを前提とすれば、どこかでこの力と回る力が拮抗して、逆回転し始める。元の状態を通過してまたどんどん複雑となりこれの繰り返しとなる。

 この”宇宙”を時計と考えれば、普通の時計は12時間で完結しているように、ここでも12時間で同じパターンとなるが回転方向が逆となるので一目瞭然。

 

 仮に私が片方のエレメント中にしか存在できないとすると、最も単純な状態の宇宙では端から端まで最短距離での移動距離は円周の半分なのに宇宙が複雑になっていくとこの距離がどんどん長くなる。宇宙はビッグバンで始まったといわれているが、実は複雑化している過程と考えても説明がつくのではないか。「ある次元」、あるいは、「ある空間」の中に存在する我々人類にはどれだけがんばってもやはり「ビッグバン」でしかないのだが。

 

 私の頭にうごめくオルトゴナル宇宙/1994年に発表したオルトゴナルグリコシル化なる有機合成の概念を絵にしようとしていたときに、喫茶店でコーヒーにクリームを入れて混ぜたときにこれを思いつきました。


 しかし、太古からの言い伝えにある二局宇宙観と呼応する考え方であると思います。特にある一瞬はタイチーの文様と同一となり、また、陰陽説「混沌から生まれた全ての源」に通じるところが面白い。そう思いませんか?

ダイナミックな地球
 タクラマカン砂漠とゴビ砂漠の存在する地形とは


 月にはあれほど多くのクレーターが存在するのに地球にはあまり見つからない。この理由は分厚い大気層があり燃え尽きてしまうから。しかし、これは小さな隕石の話し。よく見ると桁違いに大きなクレーターと思われる地形があります。ただ、決して認められた物の見方ではありませんので、あくまでも私的な観察として以下書いていきます。

チベット高原の北部の広大なタリム盆地は、何らかの天体の接触によって形成されたように見えます。注)標高方向に拡大した図です


 タクラマカン砂漠はタリム盆地の全域を占める広大な砂漠ですが、宇宙からこの場所を見ると涙型にへこんでいる。周辺との高低差は何と約4000メートル。南側はチベット高原であり、北側はロシアの海抜500メートルくらいの台地との境界に3500〜4000メートルの山脈を形成しています。学説ではタリム盆地は、コールドプルームの落ち込みにより地表面が引き込まれることで形成されたとされています。しかし、この説には無理がある様に思われます。落ち込んだ北側にどうして「外輪山」のような山脈があるのか。しかも、タリム盆地周辺の外輪山等を2000キロメートル程度の範囲に渡って観察すると東から西へと方向性をもって涙型に並んでいます。このような構造は、コールドプルームによる地殻の引き込みによるのでなく、小惑星が非常に遅い速度で浅い角度で接触することによって形成されたように思われます。確かにタリム盆地の下方には日本海から沈み込んでいく太平洋プレートの末端が沈んでく場所と一致していますが、モンゴルにあるこの地形の形成を完全に説明するものではありません。さらによく観察すると、同様の「タッチダウン痕」が複数あるようにも見え、これらには順序があるように見えます。

 他にも特に注目したいのは、Buuntsagaan Lake, Dorgon Lake, Har Lake, Hyargas Lake, Uvs Nuur (Lake), Hubsugul Lake周辺の場所です。外側はやはり大まかに東から西へと向かう涙型の「外輪山」を形成しており、中心部は幅200キロメートル長さ400キロメートル程度、高さ500メートル程度のなだらかな丘陵地があります。

 これらの地表面の構造は、一般的な隕石の衝突によって形成される単純クレーターや複雑クレーターの理解からすると規模や形態が異なっているかもしれません。しかし、浅い衝突角を持ち、「低速」で飛来する天体の衝突を想定する場合の例はないと思います。モンゴルにある構造は、そのような天体衝突痕ではないでしょうか。地球創世期、ジャイアントインパクトにより宇宙空間にはじき飛ばされた地球の部分の一部はしばらく不規則な軌道を周回していたことでしょう。それらの一部が地球に降り注いでたことと思われます。

 はたして過去の地球に何がおこったのか


JUGEMテーマ:宇宙

ロボット大使プロジェクト

ROBO GARAGEから写真を使わせて頂きました。提案してみようかな


 私はなぜロボットをヒト型にするのかについて全く理解を示してきませんでした。そもそも「効率」を求めるのであれば、「特定の機能」の発揮に「適した形」があってしかるべきです。事実、製造の場で機能している「ロボット」は機械そのもので人の形とはかけ離れています。最も似ている物でもスウィングアーム型でしょう。


 しかし、「エボルタ」や「エネループ」の宣伝に使われた高橋智隆さんの「ろぼっと」を見ているとなぜか馬鹿親の気持ちで応援してしまいます。この期に及んでようやく「ヒト型」の「意味」を理解できるようになって来ました。介護の場等では多くの方々に受け入れられることでしょう。私のように「かたくな」に否定してきた者ですら肯定できてしまうのですから。


 さて、時代はいよいよ宇宙時代です。これも否定する方も多いことでしょう。経済効果はどうなっているのか?という「愚問」が否定の理由の大半ではないでしょうか。これまでの衛星や宇宙船のプロジェクトは、遠隔操作から有人探査へと向かっていました。ロボットやAIの進歩は明らかに新しいオプションを与えているように思えます。すなわち、「自立AI」によるロボット探査の可能性が出てくるだろうということです。これそのものには非常に高いハードルがあります。しかし、ご存知の通り如何に崇高な意識を持って研究を行ったとしても、国民に対する「透明性」の言葉の前にはあまり意味を成しません。


 そこで、日本が推進している 無人探査船や無人シャトルをさらに推進するために、ロボットを乗員として採用してはいかがでしょうか。「...くだらない」との声が聞こえるようですが、馬鹿にならないような効果があります。想像してみてください。かわいらしいロボットが船内モニターによってお茶の間のテレビに映し出され、「ポチッとな」ってスイッチを押している姿。この姿を見た子供は彼らが成人し、家庭を築き、子育てをし、歳をとっていく過程の生活を想像し、その子供達の生活についても想像するようになることでしょう。


 経済をどのようにすれば回復させられるのか?「こんなこと」に答えすら見つけられないでいる我々には想像が難しいのですが、経済には先々に対する期待感や希望が必要です。「今を生きるための力は未来への希望」です。


 このプロジェクトでは小さな小さなロボットが操縦する姿を見せることが重要で、実際には無線操縦でかまいません。しかし、これそのものが未来への研究となっている訳ではありません。冒頭に書いたように、自立AIの研究を行って行くことが必要です。言葉は不適切ですが、そのための「隠れ蓑」としての役割もあります。



自立AIを成立させるためのコツ:

 命は恒常性を保とうとするものであると思います。これに準じたアルゴリズムを作ること。このような概念を絵にするとすれば、様々な環境因子が変化する中で、トポロジーとしての「球体」を維持することではないでしょうか。様々な演算を統合し、総合的なアルゴリズムとする。各々の演算は連携され、全体として調和が取られる。もしかするとこのようにすると、「人が何を求めるか」は単なるパラメータの1つでしかなく、その意味で必ずしも人が求めたことを「良し」としないかも知れません。しかし、私たちはそのような「もの」を求めているのではないでしょうか。脳科学が解き明かそうとしている「もの」もそのようなものと思っています。



テーマ:宇宙JUGEMテーマ:こころ

加重力加速進化研究のすすめ!


 
人類が宇宙へ進出するのは時間の問題でしょう。

 地球上で進化した人類が無重力や低重力環境でどのように変化するのかしないのか?単に発生がいくいかないのみならず、地球の生命にとって異常な環境で将来何が起こるのか?自由に宇宙に行けるようになる前から研究の対象としたいものです。低重力実験は、基本的には宇宙ステーションなどを利用して可能になるでしょう。

 ここでの提案は、低重力下で生活する可能性があるのであれば、加重力環境での生活の可能性も当然ありますので、こちらについての提案です。


 大きなメリーゴーランドを建造し円形の研究所(実験棟)の中に中心から順に実験室を円周上に何層にもつくります。要するに宇宙ステーションの地上版ですね。適当な回転数を与えれば、中心からの距離で「重力」をコントロールできますので様々な重力環境での実験ができます。当然アクセスは「中央棟」から!もちろんここは1Gです。これはかなり現実的!


 しかし、止めるわけにはいかないので、作動中に「車輪」の入れ替えをしつつ点検保守をおこなうためのギミックなど技術的には困難もあります。


 何が起きるのか?生物の進化?現象論でなく原因を知りたいと思いませんか


 みなさん!宇宙に行きましょう!

 

 進化研究は個人の研究で達成でるとは考えられません。もちろん、世代交代が早い生物を研究対象とするのですが。ですからスポンサーがつかない。結局、今良ければいいんです。しかし、遠い将来の見果てぬ夢を追いかける。ロマンチックじゃないですか。え?くさい?ま、そう言わず。

 

 具体的なアイデアとしては、...アミューズメント施設、会員制トレーニング施設との機能共有をすることができれば運営もしやすい。建設に協力してくれる建設会社ありませんか?宣伝効果は絶大でしょう。初期投資はどうするか?BGか石油王か。


<もともと2007年のお誕生日に書いたものでした>



テーマ:宇宙 

きぼう

 少し前のものを再アップします。


 国際宇宙ステーション(International Space Station)に日本の実験施設「きぼう」が完成しました。個人的にはものすごい喜んでいます。

 いろいろな研究を通して人類の未来に貢献することでしょう。


 「お金がかかる」のは当たり前。アメリカやロシアより利用料が高くても当たり前。なぜかって、自力で持っていけないのだから。また、その努力を成果の「費用効果」が悪いと言って遅らせるから。自力でロケットを飛ばすよりお金を積んで実験施設スペースを買う方が「経済的」なはず。


 それなのに新聞には、馬鹿の一つ覚えのコラムが掲載されています。「巨額の研究資金に対する評価の必要性がある」と。そんなことは一般論としては当たり前ですが、そもそも、金勘定をした上でこの選択があったのだから、既に「安い」買い物であったはずです。


 かつて大航海時代には安い世論と経済に翻弄されてよその国から随分と皆さん盗みを働きましたよね。いまのところ宇宙といっても遠くに行けるわけではありませんので大航海時代のようなことは無いわけですが、安い世論の構成要因である我々一人一人は言動に注意しなければいけません。


 現状の社会システムにおいては確かに経済は大切です。しかし、今、私たちが宇宙に何を求めているのか。おそらく、目に見えるものとしては「資源」があるでしょうが、目に見えない人間性や教育的な視点が最も重要ではないでしょうか。


 日本の実験施設はその名も「きぼう」ですね。論ずるべきは対費用効果ではなく、人類の未来ではないでしょうか。これが「希望」に託された意味では無いでしょうか。


 若田光一さんは日本のアームストロングです!


 若田さんらがISSに到着した際、船長?さんフィンクさんに「Koichi-san, the first long duration Japanese guy in space ever, welcome aboard.」とクルーに紹介されました。このフレーズでは「EVER」が強調されてます。そうなんです。日本にとってとても大きな出来事なんです。


 ちなみにアームストロングが言った「That's one small step for [a] man, one giant leap for mankind.」の有名な言葉ですが、「a」が抜けていて矛盾があると言われてきました。「人類にとって小さくも大きくもある」との意味だからです。これについて、本人は後日談として「「a」を読み取ってくれるだろう」と思ったといったとのことです。私は、しかし、The Originalが好きです。というより、これしか無いでしょう。彼の一歩は彼の一歩ではなかったのですし、人類にとってとても小さく取るに足らないたったの一歩であるにもかかわらず、しかし、この一歩は同じく人類に取ってとてつもない大きな意味を持つ一歩であったわけです。文法上の矛盾を超えた意味がそこにはあるように思います。



テーマ:宇宙 

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