じじ日報

<< December 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
脳機能停止
 
今では、少し前の話しになってしまったが、高速道路利用料を無料化するとか値下げするとかしていました。当時、子供が聞くんです。
「高速道路の料金を下げて、利用者が多くなったってニュースで言ってるけど、電車より二酸化炭素出すよね。高速道路の料金上げればいいのに。」って。

子供心に矛盾に思ったのだろう。


巷には低炭素化、地球温暖化、異常気象、海面上昇、氷河融解などとこれらが人間が二酸化炭素を排出するためにこのような問題が生じていて、だから、脱二酸化炭素なのだと空気のようにお茶の間に浸透し私たちの脳を麻痺させている。


二酸化炭素の問題ではない。人間の欲の問題だ。もっと具体的に言えば、資本主義社会において利潤を求めることが良しとされ、これと欲とが融合した現在の人間性の問題だ。


物々交換より進んだシステムとしての貨幣の存在はすばらしい。手持ちがない時に代わりとなるものがあればそれでまかなうことができる。しかし、この考え方の悪い側面が、錬金術のように「何もしないで」手数料などで利益を得ることによって、この物の代替物である貨幣を集めようとすること。そうすれば、何も持っていなくても食べ物が手に入る。(金融業の始まり)貨幣など本来何の意味も持たない単なる物の代替物であることを忘れがちだ。汗水流し、労働することにより私たちは食べ物を得る。これが当たり前。


食べていければそれで良いはずなのに、「より豊かに」などと言って必要以上に「利益」を得ようとする。だから、皆必要以上に一生懸命働く。その結果、必要以上にエネルギーを使用し、食べ物を食べ、二酸化炭素を放出して温暖化に貢献してしまう。企業も同じ。不必要に金儲けをしようと未だに「黒字」がでなければ会社が危ないとかなんとか言って右往左往。いろんな物を燃焼する。だから、人間の活動は、生物としてのヒトが必要とする以上の酸素を消費し温暖化に寄与する。


地球温暖化そのものが、本当は何が原因か分からないので、このような議論をしてもそれも無駄なのかもしれない。しかし、仮に低炭素化運動を推進しようとかするのであれば、温暖化をなんとかしようとするのであれば、やはり、問題視されるべきは皆さんの利益に対する考え方なのではないだろうか。


以前、「知的財産部」なる怪しい部署(これは個人的な考えで一般に認められています、もちろん)の人が言っていたことを思い出す。その昔、ヒトが備蓄を知らなかった時代、ある青年が穀物を貯蔵した。すると、集落の人たちからありがたがられ、皆から御礼をもらった。次の年、その青年は貢ぎ物をすれば食べ物をやることにして財を築いたとさ。と、まあこんな具合。これが知が財である所以なのだとか。


私は、知的財産というのは、人類の財産であると思う。したがって共有すべきものである。諸悪の根源はあの集落の青年だったということか。


二酸化炭素についても、うさんくさい話しがたくさんある。偶然だとは思うけど、チェルノブイリの原発事故から数年後に温暖化ガスの問題が叫ばれ始めたように思います。チェルノブイリの事故は、世界的に原発についての世論を一致させるのに十分な役割を持っていた。ある考え方のみが支配的となることは健全と思わないが、原発については私は基本的に反対です(核エネルギー等の研究•開発には賛成ですが)。事故はそんな反対者の危惧を具体的に示し、満足させたということができる。賛成派は当然推進力を失いました。


その後、間もなく地球温暖化がにわかに大問題として取り上げられるようになりました。


さらに、気になることは当時ブッシュ大統領が温暖化対策には原発が最も良いとの発言をしてました。ゴア副大統領とスタンフォード大のシュナイダー博士(故人)がノーベル平和賞を受賞しました。シュナイダー博士は気象学者で将来の地球環境をシミュレートすることをしていました。もちろん、温暖化についての議論もありますが、寒冷化についても述べていました。一応、火力発電所は二酸化炭素を大量に「生産」しますから、二酸化炭素削減に貢献することは確かでしょう。しかし、原発は放射性廃棄物も「生産」するし、安全について世界中の人々を説得できるほどのものを示してもらった覚えもありません。温暖化問題を最初に取り上げ「問題提起」した人が、原発推進派であったとすればいろいろなことのつじつまが合う。


今はと言えば、3.11の震災後の福島原子力発電所事故に端を発したこの度の世界的な反応は当時の事故後の世界の動きと呼応するようです。すると、この後に起ることは...だいたい予想が出来そうですね

矛盾のない社会を、人間性の向上を目指す社会をつくろう


JUGEMテーマ:日常

環境変化の時間認識
 私たちは、環境が変わったとか変わってきたとか言うが、元々のサイクル、あるいは、自然の摂理の上に成り立っているだけではないのか。

 極端に寒いところに生物は住まないが、暖かいところには住む。暖かい寒いというのはある時点での環境の表現である。時間軸を考えれば寒いところはもしかするとそのまま寒いままかもしれないし、暖かくなるかもしれない。暖かいところは、寒くなるのか、そのままか、暑くなるのか?時間軸を考慮して推移の方向を本当は問題にしなくてはならない。

 そもそも、ヒトは食べ物があれば「寄ってくる」のだから、ヒトがやってくる前には動物がいる。動物がいるためには小動物や鳥や昆虫がいて、その前には植物がいる...要するに、食物連鎖の下の方から順に己の生活域を広げる能力があって、最後にヒトがやってくる。ヒトが住み着いてしばらくすると「やれ環境が」とか言い出すのだが、それは数年単位であったり数十年の単位であったりと非常に短期間の議論をすることがしばしばである。それ以前の状況がどのようであったか知る由もなけえれば、議論の対象ともしていない。

 例えば、寒い地域があったとしよう。この場合の寒さは尋常ではない。少し暖かくなるとどこぞやらから植物の種子が飛んでくる。あるいは、渡り鳥が落としていく。これが育つ。すると徐々に昆虫等がやってくるようになってさっきの豊かな生物の環境ができてくる。仮に途中でまた寒くなったら、移動できるものは移動し、そうでないものは凍ってしまう。それだけのこと。

 私たちはどこに行くのか。

 我々が言っていることは一つのものの見方に過ぎない。

緑化のすすめ


 
人類を含む動物は植物に対して従属である。酸素消費量と生産量の均衡が崩れ、生存に必要な酸素量が足りなくなれば死ぬ。

 

 温暖化云々言っているが具体的にできることをすれば良い。人間の1日の酸素消費量を生産し得る植物の栽培を義務づけよう。計算は困難であるにせよ、実験データはアリゾナのバイオスフィア2にある。実際には基礎データから推奨する木の大きさと本数を算出すれば良い。日本にも閉鎖型生態系実験施設がある。


 義務を果たしたら減税とかできなかったら追徴税とか。


 特に新しくできる大型のマンション、ビル、工場等の建設は森林伐採を伴う都市開発の一部だったりする。授受の計算をし、開発前以上に酸素を生産できなければ着工認化を出さない。土地の問題が当然生じるだろうが、この当然の問題を認識してこなかったことが問題であったのではないか。公的機関の指導を待っていても時間ばかりがかかるので、ゼネコン側で自発的に方針を打ち出せば宣伝効果絶大。

 

 植物は光のエネルギーを使ってCO2を固定化して私たちが食べる糖質などの有機物質をつくるとともに、水を分解してO2を生産している。もちろんその逆の呼吸もするが。動物は呼吸しかしない。

 

 今できることは「緑化」。これにつきるだろう


参考

 The University of Arizona, Biosphere2

 財団法人 環境科学技術研究所 閉鎖型生態系実験施設



クレーター型都市開発
 
伊香保温泉の源泉と保護ガラスに映り込む周囲の緑がクレーター型都市のイメージにぴったり



以下、2010年11月13日に書いた記事ですので若干現在の社会情勢との齟齬がありますが、世の中そんなものですし、言いたい事のエッセンスは変わりませんので読んでみてください



 2年程前から地球に帰り陸地が見えた時に目にする清々しい光景が脳裏に焼き付いています。...って、あまり外国にも行かないくせに変ですね。

 ある時期にいろいろ考えました。原子力発電が本当に悪いのかと。利便性を考えればそれほど悪いことではないようにも思ってしまいますが、でもやはり恐怖に思うのは放射線によって細胞が死んで行くことによる苦しみとこれによる死では無いでしょうか。どのような死でも死に変わりはないのですが、やはり広島、長崎の核爆弾、チェルノブイリの事故などは忘れることのできない、また、忘れてはならない教訓でしょう。個人的には断固反対です。


 低炭素社会を唱う中で原発が容認されるご時世には疑問を感じずにいられません。費用対効果?でしょうか。ちなみに石化燃料の燃焼により二酸化炭素を放出するという行為は人間の歴史とも言える火を使うことの延長線上にあります。また、炭水化物を酸化して二酸化炭素をつくりエネルギーを得ることはほぼ全ての生物が行っている呼吸に他なりません。呼吸の逆の反応は植物が光のエネルギーを使って二酸化炭素から炭水化物を合成するいわゆる光合成があるわけですが、地球はマントルで無酸素状態の高温高圧条件でこの還元反応を行っているようにも解釈できます。そのような訳で、化石燃料を燃焼させる行為は地球の大きな「代謝」の一部とも理解できます。


 これに比べ核反応はどうでしょうか。新しい核種を作り出してしまうような異常な状況では無いでしょうか。PETで使う核種も同様ですが、実は極めて危うい行為では無いでしょうか。役に立てばそれで良いで済ませてよいのでしょうか。科学者の端くれとして科学技術の進歩はすばらしいことと思いますし、研究や発見も健全な行為と考えています。ただ、見出したもの全てを直ちに世の役に立てなければならないと、投資に対する見返りを期待するような圧力は健全ではありません。発見はしたが実用化しない方が良いこともあるはずです。私たちは全宇宙に共通(と思われる)の時間の中にこそその存在があります。これを犯すようなことがあってはなりません。


 とは言え、私が一人異を唱えてもどうなるものでもありませんので、そのような世に生まれたものとして前向きに物事を考え直してみることにしました。


「核は安全なのだ」との専門家の話があります。また、世の人々がマジョリティーの論理によって核分裂等による発電が必要であると言う判断をするのであれば、自分の住む町に原発を作ることを検討してみよう。以下に構想を書いてみます。なかなか美しい未来都市が出来ます。


 直径2キロメートル程度の円形の穴を掘る。土砂でクレーター状に周囲に山を作って行く。トータルの深さ(高低差)はおそらく100メートル程度。場所は「山の手」の上の地域。いわゆる副都心計画の埼玉県などが良い。底の中心部分地下には原発を配置。この上部、クレーターの底部分は地下水を利用して人工の湖とする。原発からの放熱を行う場とする。水面からクレーター頂上までの円形の周囲は連続した高層ビル。この周囲には環状の交通システム。土砂を埋め戻す際に予め何層にも建設していく。この交通システムは3次元に移動の可能なエレベータ様の「シャトル」。これのハブとなる「駅」にあたる「シャトルハブ」を円形の都市に副数カ所設けると共にこれは外部の都市からのハブとしての機能もある。これらは全て地下にある。外部からのアクセス経路は埋め戻して出来た都市外輪山辺縁からトンネルで「車」や「電車」等の交通システムでシャトルハブに接続。都市部は高層ビルが円形に連続した構造で、オフィス区画、商業区画、居住区画、文教区画や医療区画などからなる。製造区画はやはり湖底と下層部に集約する。「危険度」の高いパワープラント、上下水道施設等は湖底に集約する。最下層には再処理済みの高放射性核廃棄物の貯蔵施設を設ける。クレーター外表面(外輪山)は自然林区画と農業区画。


 この都市においてエネルギーと水の利用効率を極端に改善する。原発の廃熱で湖の水温をコントロールして水産資源を確保。湖は外輪山と共に都市の浄化作用を担う。汚水は処理施設で一次処理した後、最終的には湖の「浄化作用」により飲料水に適した状態まで浄化、その後浄水施設で再処理をして飲用とする。


 原発をクレーターの底に配したことで仮に原子炉のメルトダウン事故が発生した際には放射線は上方向のみに放射される。しかし、それ以前に湖底のシールドと水がこれを遮断。最悪の事態を想定して都市そのものに自己崩壊機能を装備しておく。クレーターの湖部と外輪山部の土砂は同量であるのでクリティカルな事故の際にはクレーターを爆破により埋め戻すことで他の都市、地域への拡散を防ぐ。


 このような都市が出来るころ、私たちはオービターやルナベースと行ったり来たりしているでしょう。地球に戻って来た時に美しい人工的な山々を見ることになるでしょう。雲の間から目に飛び込んでくるのは輝く湖面と光を反射するリング状の都市とこれを囲む全くの緑。その中を貫く細い線状の交通システム。美しい光景です。


ーーータイムヲーカー


JUGEMテーマ:宇宙
JUGEMテーマ:自然科学

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.