じじ日報

<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
あわれな「ヨシキリ」と社会構造


 
カッコウは、托卵することで知られています。

 今日は、鳥の社会とヒトの社会の概念的な共通項について考えてみます。


 カッコウは例えばヨシキリの巣に卵を生み、自分では育てずヨシキリの親(以下、親ヨシキリ)を”だまし”て育ててもらいます。この過程で興味深いことがあります。一般的には、興味の対象は、どうして自分で育てないのか?その科学的根拠は何かということなのでしょう。ここでは、カッコウではなくヨシキリ側の挙動について考えてみましょう。


 カッコウの卵はヨシキリのそれよりも少し早くふ化します。これによりカッコウのひな(以下、子カッコウ)がヨシキリの卵やひな(以下、子ヨシキリ)をヨシキリの巣から蹴落とす準備ができます。実際、子カッコウが一生懸命子ヨシキリや卵を蹴落とす光景が観察されています。


 さて、このとき親ヨシキリに注目してみましょう。子カッコウは、姑息(考えは関与しないと思いますが)にも鬼(親ヨシキリ)の居ぬ間にこのような努力(プログラムされているのでしょう)をするのですが、たまたま子ヨシキリや卵が巣からはみ出ている状況で親ヨシキリが巣に戻ってきても全く無頓着です。ヨシキリはある領域内での事柄しか見えていないようです。確かに、子カッコウは(鳥類の共通認識としての)親心をくすぐるシグナル(大きな口とそれに見える羽の黄色の部分)を精一杯送っています。しかし、悲しいことに親ヨシキリは見える情報に翻弄され、本当に大事な子ヨシキリの悲しい末路には全く無関心となってしまいます。これを「ヨシキリシステム」と呼びましょう。


 ヒトの社会においては、昨今非雇用者数が増加しおそらくは社会への絶望による自殺者数も増加しています。この社会現象は、ヨシキリシステムと類似点があります。親ヨシキリとその巣からなる家庭のような単位が社会です。労働者はかわいそうな子ヨシキリです。子カッコウは経済悪化の象徴ととらえましょう。このようにとらえると、上の状況は次のようになります。


 経済状況の悪化や企業の業績悪化(子カッコウの猛威)により、労働者が社会構造から逸脱し始めます。しかし、社会は逸脱していく労働者を認知することがありません(無頓着)。(生物学的には認知はしていますが、社会構造として認知していないということです)社会は、「自分」が置かれた状況のみへの対処に精一杯注力し(翻弄され)て、本当に大切な労働者のいつ脱に対する対策を講じることがありません(無関心)。このとき、経済活動は人が作り上げたものですが、必ずしも操作できるものでもありませんので、社会はこのような猛威に対して抵抗するすべを持ちません。


 科学はカッコウの習性の動作原理を探ろうとしますが、問題はカッコウではなくヨシキリシステムであるという事に注目することが重要です。カッコウの習性は、ヨシキリシステムの中の要素としての現象です。科学においても、社会学においても、経済学においてもシステムの理解が足りないことに目を向ける必要があります。なんとか、新しい観点から問題のシステムを改善するための総合的理解に取り組んでいくことが必要です。


 ヨシキリはこのシステムを利用して、種として時間を生き抜くためにあえて個体を犠牲としているかもしれません。しかし、この場合のヨシキリの目的達成はシステムの崩壊を意味し、カッコウが種としての生命の危機に瀕することになります。種とは、これほど過酷な状況をくぐり抜けなければ生きられないものかもしれません。その後に、ヨシキリは強くたくましい種となり、カッコウはオナガを標的とするのかも知れません。


 類似性から推察すれば、人の社会も犠牲を払うことはシステムの必然なのでだろうか?単にこれを受け入れるわけにはいかないのは当然である。もちろん、この類似性が比較に値しない可能性もあり、まずはそれを願うばかりである。



コメント
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://blog.glycoaware.com/trackback/36
 

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.