じじ日報

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ヒトのカテゴリー:なまず系
 

 電車通勤を始めて2年が経ちました。最初から不思議、というか気持ちの悪い思いを何度の無く経験してきましたが、最近理解できました。


 あまり混み合っていない通勤電車に乗ってつり革につかまってしゅっぱぁ〜つ。すると、以後止まる度にだんだんと混んで来るわけです。これは普通の状態。当然、隣に誰か来る。これも普通。しかし、時々あらぬ距離におじさんやおばさんやお姉さんがすり寄ってくる。ヒィ〜!!!ってな訳で避けるうちに少しずつポジションが変わり、しばらくすると私が立っていた位置に後から来たおじさんやおばさんやお姉さんがいることになる。


 2年間、このような人たちに対してただただ気持ちのよく無い思いをし、腹立たしく思っていたものです。


 しかし、最近になってこのようなあり得ない状況にもだんだんと慣らされ、ああこういう風にして皆無気力な牛のような目になっていくのかなとか、勝手に他人を少し小馬鹿にしたりして、でも、それは、私がラッシュアワーの公共交通機関を使っていなかった些細な幸運が招いた人よりも後になって社会勉強をすることになっただけのことで、所詮私もこのようにしてそのような状況に慣れ親しんで、だから、みんなそのようにしてぼぉ〜っとしているだけになって、そうしてこの世の中そのものが成り立っているのかもしれないと、ようやく私もそんな社会の一員になれて来たのかなと思うに至っていました。


 そんな訳で、常識ある社会人に一歩近づいたので、あの類の人たちについて少し客観的に、かつ、冷静に観察してみました。


 発見!彼らは、ある時間の、ある車両の、ある位置にいるのだ、と。その「聖域」をたまたま私が犯してしまっていたのだ、と。それでは、この聖域が如何なる理由で聖域たりうるのか。それは、最も早くに下車する人の前であるから。そうなんです。彼らは自分のポジションを知っているだけではなく、誰の前に立てば効率よく座れるのかを知っているのだ。そんな彼らと私がかち合うことが意味すること、それはもしかすると私の「鼻が利く」と言うことなのかもしれない。これを指してビギナーズラックと言うことにしよう。


 彼らは、聖域をなんとしても確保するためにすり寄って来て、最終的にはその一見気持ちの悪い行為にビギナーがたじろいだスキにまんまと聖域を奪回するのだ。


 だから、...。もう、一歩も引かない。そうだ、奴らが来たら断固として譲らない。そのように決めた。私が先にそこにいたのだから。しかし、奴らは必要にすり寄ってくる。それでも、耐える。そうさ、iPodの音量を上げ、奴らの行為などに決して屈しないとの「のろしを上げ」て断固戦うんだ。


そして、着席!!!やったぁ〜 


って、ちっちゃい



奴らはまぎれも無い主である。まるで古池の大ナマズのよう...


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