じじ日報

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天動説と地動説
 

 学会で高山に行ってきました。


 Varki先生の講演を聴いたことが無かったのですが、すばらしい講演でした。「Evolutionary Biology of Sialic Acids」と題した講演は、10億年スケールの分子と生物の進化の中での感染症をとらえようとする立場でした。大きくでたものですが、すばらしいですね。


 私たちは研究費の申請書を書く時に、目の前にある具体的なゴールを数値で示しなさいといわれてしまいます。これでは、科学の進歩に繋がりません。そんなことは企業がミリミリと進捗報告会を行いながら行えば良い類の研究ですね。これが不必要というわけではありませんが、日本ではもう少し基礎研究に対する理解が欲しいものです。


 さて、学会に参加して夜は毎日宴会で最後には疲労困憊、体も限界です。まだ、体調回復中です。年かな。学会中に細かな良いこともありました。論文が一報出版となり、さらに一報が受理されました。


 部屋の仲間と飲みに行った時のスナップ写真を「主張を持って」重ねあわせてみました。


 ここで言いたいのは、次の表裏一体の二つの事柄。


「陶板焼きに集中するとその周りで何がおこっているか分からない」

「学生さんに集中すると彼が何をしようとしているのか分からない」


私たちは研究の場において複雑な現象を理解するために、ある側面を観察して全体をとらえようとする方法をとります。これは、正しいアプローチですが全体を理解するために優れた方法であるとは限りません。科学でなくても身の回りの出来事や社会現象、政治問題、経済それらの世界動向など何でもそうですね。


 「見えているものが全てではない」ということです。


 「見える」というのは曖昧で、私たちは時として特定の事柄を期待し「見ようとしている」わけで、誤った解釈に繋がる危険性を秘めています。


 あくまでも客観的に「見る」ことが必要ですが、それではしばしば理解に繋がりません。なんとかこの辺のバランスを取りながら(非科学的な表現ですが)科学して行こうと思います。


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